めかかうな大人のおとぎ話

時代背景30年ほど前の少々大人のアクションラブコメディ小説です。

暗殺者 − メシア – 17

17


男達が吉良の両手をロープで縛り始める。しかし、これがまた手際が悪い。
縛られる吉良の方が苛立つ程だ。
「…ったく、こいつら。こんなこっちゃ朝んなっちまうぜ。」
沖田はそれを眺めながら、ゆっくり吉良の方へ近づいて行った。
途中、銃を拾って腰に挟み込む。
何を思ったのか、ついでに沖田は足元の太いチェーンも掴み上げた。
無雑作に手の甲にチェーンを巻きつけ、更に吉良に近づく。
そして、いきなりその手で、力一杯、吉良の顔面を殴りつけた。

 

 

「いっ…いやぁ‼︎」
夢が堪り兼ねて、早川の腕を飛び出そうとする。
ナイフなどもう目に入らない。
「来るなっ‼︎」
吉良が怒鳴った。
夢が身を竦める。
「…心配ねぇから。ちょっとは大人しくしてろよ。」
吉良は、深く優しい眼差しを夢に向けていた。
「…吉良さん。」
嘲笑うかのように、容赦なく続く沖田の攻撃。

両手の自由のきかない吉良は、サンドバックのように、ただ拳を全身で受けとめ続けるしかなかった。
ゲホッ…! 吉良が血を吐く。
それでも血まみれの顔を上げ、吉良はニヤリと笑って言った。
「実は意外とお前、夢を取られちまったの根に持ってんじゃねえのか…?」
「…何ぃ? 」
沖田は、吉良の胸ぐらを掴んで引きずり起こし、ドラム缶に押しつけた。
「僕が夢さんに ちょっかい出してたのは、あなたを煽る為ですよ。あなたが夢さんに惚れてしまって殺せなくなれば、必然的にあなたの仕事は僕に回ってくる。只のあなたの監視役なんてつまらないですからね。」
「へっ…どうだかな。」
ムッとした沖田の拳が吉良を襲う。
吉良はドラム缶ごと、後ろへ倒れ込んだ。
辺り一面に血が飛び散る。
「……もう、もう…やめて…。」
夢は顔を覆って肩を震わせた。
その肩を早川が優しく抱き寄せる。
すっかり無関係な立場に収まって、夢を労っているつもりらしい。
思わず夢は、平手で早川の頬を打った。
「触らないでよっ‼︎ どうしてあんなことさせておくのっ⁈ 吉良さんを酷い目に会わせる理由なんてないんでしょ? 私に用があるなら早く言ってっ! 殺したいなら殺してもいいっ‼︎ だから他の人を巻き込まないでっ‼︎ 沖田さんにあんな酷いことさせないでっ‼︎」
早川が髪の乱れを直しながら言う。
「彼の仕事は 一応 終ってるんでね。僕に彼を止めることは出来ない。誰も他人の趣味に口出しする権利はないよ。」
「趣味ですってっ⁈ こんなの犯罪じゃないっ‼︎ 放っておいたら、あの人きっと吉良さんを殺しちゃうっ‼︎ 殺人事件になっちゃうかもしれないのよっ‼︎」
「どうせ、人殺し同士なんだ。事件にもならんよ。 放っておけばいい。」
「酷い‼︎」
同じ人間の死を高処の見物しようというのか。こんな男をかつて愛した自分さえ、夢は許せない気がした。
「そういう人達を使って、あなたは私を殺そうとしたんでしょっ? 直接 人殺しするより、ずっと汚いじゃない!あなたは卑劣よ! 卑怯者よっ‼︎」
突然、背後でクレーンの上がる音が聞こえた。
ハッとして振り返ると、吉良が天井に吊り上げられて行くところだった。
手首に巻きつけられていたロープがチェーンに変っている。
吉良の重みでそれが手首に食い込み、見ているだけでも辛い。
「やめてっ‼︎」
早川の隙をついて、夢は沖田に駆け寄った。
「お願いっ‼︎ やめて‼︎ 何をするつもりなのっ? 沖田さん⁈」
「本当に困った人だなぁ…。君は早川さんとお話ししててくれよ。僕の邪魔をすると、また痛いめに合うぞ。」
そんな脅しぐらいでは、今の夢を止めることは出来ない。
「どうしてなのっ? どうして こんなことしなくちゃいけないのっ? 沖田さん、変だよ。まるで吉良さんのこと憎んでるみたい…。」
沖田が皮肉に笑った。
「憎む? 冗談じゃない。この男にそんな価値はないね。一流の殺し屋なんて言うのは名ばかりのつまらない男さ。あっさり僕の仕掛けた罠に嵌まっちゃうし…。手応えないったら…。」
「罠?」
「そ! 吉良さんは僕の暗示に掛かったのさ。だから君を殺せなかった。そして君の方には、吉良さんの正体を分からせて遠去けるつもりだった。鞄を目につくように置いといて、銃を見つけさせたり。コートを洗濯カゴに入れておいて、君に写真を見せたりね。只、君は吉良さんみたいに僕の思う通りには動いてくれなかった。僕の計算では、吉良さんは君のことを好きになるけど、君は僕に靡く筈だった。僕の方に気を許してくれるようになる予定だったんだ。けど、君を吉良さんから切り離すのは大失敗に終っちゃった…。君がそこまでおバカさんだとは思わなかったからね。殺し屋だと分ってる男に本気で惚れちゃうなんて…。吉良さんにしたってそうさ。いくら暗示に掛かったからって、たった一人の女の為に仕事を完全に投げ出しちゃうなんて、愚かとしか言いようがない。」

(…え?)
「吉良さんが…仕事を投げ出した…?」
夢は恐る恐る訊き返した。
「そうさ。君をどうしても殺せないから、早川さんに依頼料突き返した。つまり、 君を殺すことをすっかり諦めたってわけ。」
(吉良さんが…)自分の為に仕事を放棄した。
ずっと吉良が抱えていた心の葛藤や板挟みの苦しみを夢は始めて知った気がした。
(吉良さんは、苦しんでたんだ…。私なんかの為に…ずっと…。)
「うるっせぇなっ‼︎ 何、勝手なこと ほざいてやがんだっ‼︎ このボケがっ‼︎」
上から吉良の声が降ってくる。
「だって本当の事でしょう?」
「違う! 俺は只、あんまり つまんねぇ仕事だから、やる気がしなくなっちまっただけだ。暗示がどうしたこうしたって、どうもお前は最初っから、そこんとこ勘違いしてるみてえだな。」
沖田はクールに言い返した。
「じゃあ何故、夢さんの命を何度も助けたりするんです?」
勝ち誇ったように沖田が言う。
それでも吉良は折れようとしなかった。
「他のせこい殺し屋に、仕事 取られんのが気ぃ悪りーからだよ!」
沖田が呆れた顔で肩を竦める。
「素直じゃないな…。死ぬ前に愛の告白させてあげようと思ったのに…。ま、いいや。とにかく仕事は僕のもんになったんだし…。これで吉良さんを始末しちゃえば、僕は裏の業界のスーパースターになれる。一流の殺し屋の仲間入りだ。」
やっぱり殺す気なのだ。
夢は沖田の腕にしがみついて、泣き声まじりに懇願した。
「お願い! やめてっ! もういいじゃない。何も殺すことまでしなくても、もう これで十分でしょ? あなたは十分一流よ…きっと。」
何がどうなれば一流ということになるのかは、よく分らないが…。
「今、殺らなきゃ。吉良さんを生かしておいたら、後で僕が殺られる。必ずね。吉良さんはそういう恐しい人だよ。」
「そんなことしないっ‼︎ 絶対しないよっ‼︎ 吉良さんはそんな人じゃないっ‼︎ 私、知ってるもんっ‼︎ 本当は優しくて良い人だよっ‼︎ そうだよね! 吉良さんっ‼︎」
夢の瞳は真剣だった。
命ごいの為の言い繕いなどではない。
本気で吉良を信じている…そんな瞳で吉良を見つめていた。
しかし、吉良はそれを鼻で笑い飛ばした。
「お前は知らねぇだけさ。沖田の言う通りだぜ。今、俺を殺らなきゃ、地獄の果てまで
追いかけて行って、ぶっ殺してやる。」
「·····そんな。」
悲しそうな夢の顔から目を背けて、吉良は沖田に言う。
「特に、お前には他にも貸りがあるからな。この間、夢と一緒に車で轢き殺されそうになった分だ。」
「あれは不加効力ですよ。別にあなたを狙ったつもりはない。」
「だから、お前は一流の殺し屋になれねぇんだよ。いや殺し屋の端くれにもなれやしねぇ。」
「何ぃ…?」
(自分の立場、分ってんのかしら…この人。)
夢は気がきではない。
「あんなもんプロの仕事じゃないっつってんだ! もし、夢と一緒にいたのが早川だったらどうする? お前、依頼人も不加効力で一緒に殺しちまうのか? 夢を風呂場に閉じ込めたのもそうだ。望を攫えばいいだけのことを、わざわざ夢をあんな目に会わせて、どういうつもりだ? 下手すりゃ夢は死んでた。 夢を早川に会わせることも出来なかったんだ。どれを取っても少しも確実なやり方じゃない。しかも、風呂場の件でお前は自分の正体バラしちまった。あんだけ家の中に凝った仕掛けをすれば、家の事情に詳しいヤツがやったとしか思えない。俺じゃなければお前しかいない。そうだろ? お前のやってるのは只のお遊びさ。サディスティックなゲームを楽しんでるだけだ。お前は殺し屋でも何でもない! 狂ったサディストの殺人鬼だっ!」

ついに沖田のポーカーフェイスにひびが入った。
「貴様にそんなことを言われる筋合いはないっ‼︎」
そう叫ぶと、沖田は腰に挟んだ銃を引き抜き、吉良めがけて発砲した。
パシュウ‼︎
「いやぁっ‼︎」
弾丸が、吉良の足に食い込む。
「くっ…!」
「吉良さんっ‼︎」
しかし、吉良は またしても不敵に笑いながら顔を上げた。
「お前…今、胸を狙ったろ? 惜しくもねぇ大はずれだよ。その腕前でまさかとは思うが、銃を扱う殺し屋を目指してるっつうんなら…銃の取説読むところから始めろ。出直して来い!」
「何だとぉっ‼︎」
沖田が引き金を引く。
「やめてっ‼︎」

 

 

銃の真正面に飛び出した夢の肩先を弾丸が掠める。
「あっ…!」
肩を押さえて蹲る夢。
押さえた手の指の間から血が滲み出す。
「夢っ‼︎」
吉良は自分が撃たれた時よりも、ずっと青くなって声を荒げた。
「アホか!お前はっ‼︎ 滅茶苦茶すんなっ‼︎ 余計なマネしないですっ込んでろっ‼︎」
「吉良さんこそ、ちょっとは口を謹んでよっ‼︎ バカっ‼︎‼︎ 何で わざわざ 沖田さんを怒らせるようなことばっかり言うのっ⁈ 死にたいなら私の見えないとこでやって! 吉良さんが死ぬとこなんて私、見たくない‼︎ 放っとけないよ…! 吉良さんが死んじゃうなんて…嫌だもん…。絶対嫌だから…‼︎」
肩の傷から流れる血が、まるで心から溢れ出ているように、淡い色のスーツを染める。
夢は険しい表情のまま、でも暖かく吉良を見つめた。
「…バカが。俺はお前を殺そうとしてたんだぞ。何度もお前に向けて、引き金を引こうとしたんだ…。」
真っ直ぐな視線が痛くて、吉良は目を上げることが出来ない。
「でも引かなかった‼︎ 吉良さんは一度も私のこと本当に撃ったりはしなかった!」
二人は初めて、お互いをひたむきに見つめ合った。
邪魔するものは、もう二人の視界には入らない。
只、抱き合うように熱く視線を交していた。
それでも無粋な声が、無理矢理 割り込む。
「邪魔して悪いが、僕にも夢と話しをさせてくれないか? 吉良くん。」
早川は沖田の方にも言う。
「すまないけど彼を殺すのは、ちょっと待ってくれ。」
早川だった。
「早川さん…。」
一瞬は、早川の言葉を好意的に受け取った夢だったが、話には続きがあった。
「あの男、利用出来る。子どもより使えるかもしれん。あいつを押さえていれば、夢は僕に素直に従ってくれそうだ。」
「それ面白そうですね。 いいですよ。只、殺すより楽しそうだから協力します。」
世間話でもしているように楽し気な二人。
…寒気がした。
ふと夢は、他に気を取られる間に望の姿が消えてしまったことに気づいた。
こっそり辺りを見回してみたが、やはり居ない。
何処へ行ったのだろう…。
隙を見て逃げてくれていればいいんだけど…心配そうに眉を顰めながら、夢は思った。

 

暗殺者ーメシアー18