めかかうな大人のおとぎ話

時代背景30年ほど前の少々大人のアクションラブコメディ小説です。

暗殺者-メシア-22 最終話

22


「あれから2年か…。月日の流れは早いな…。望も もう3年生、私も年取る筈よね…。」
落ち着きだけは、年令に伴なわない夢である。
夢は並木通りのスーパーを目指して歩いていた。
空を仰ぐと、真っ青な空に大きな固まりの雲が、呑気そうに顔を突き出している。
風は暑いながらも、軽やかに吹き抜けた。
穏やかな時間。
穏やか過ぎてちっとも進まない。
夢の瞳の奥の悲しい色を、時間は少しも色褪せさせてはくれないのだ。
二年の時は気が遠くなる程、気が変になるくらい長かった。
それなのに悲しい気持ちは薄れない…。
きっとそれは、あの人を待っているから…。
忘れようとしないから…。
分っている。
…でも夢はその名の通り夢みたいな女なのだ。夢を失くしては生きられない。
いつかきっと…。一生…化石になっても、その想いは消えないだろう。

 

 

溜め息まじりに雲を眺めていると…。不意にお腹が空いてくる。
入道雲を見て、食欲がそそられるのは夢だけだろうか。

どうも夢はあの雲を見ていると、どうしてもソフトクリームが食べたくなる癖がある。
発想が短絡的過ぎるのかもしれない。
しかし食べたいものは何と言われようが食べたい。
一人でソフトクリームを食べることには抵抗があるものの、夢は思い切って、例のケーキ屋の前のソフトクリームを買いに行った。
ケーキ屋へ向かう途中、夢はふと本屋の軒に吊り下がった広告に目を止めた。
「…え?」
足が止まる。
風に吹かれる広告を手で押さえて、もう一度、内容をよく見てみる。
そこには一冊の本の宣伝文句が描かれていた。
作者、吉良耕介。

題名『夢ちゃんと王子様』。
吉良耕介…?
夢ちゃん…⁈
嘘っ‼︎…まさかっ‼︎
夢は本屋に飛び込んだ。そして、急いで広告の本を捜す。
本は目につく場所に重なって並んでいた。
もろに「只今 売り出し中!」といった陳列のされ方だ。
童話らしい優しい表紙の絵。
紙の材質は わざと ざらっとしたもの使ってあって、とても素朴な感じだ。
夢はその本を一冊買って店を出た。
ついでにケーキ屋のソフトクリームも買い、イチョウの木の間のベンチに腰を降ろす。
真夏にこんな所で休憩する人の姿はなく、辺りは静かだった。
夢も少々暑さに閉口しながらも本を開く。
ソフトクリームを頬張ることも忘れない。
その童話は、夢という女の子がおもちゃの怪獣キラーと共に色々な冒険をして行く…という内容だった。
怪獣キラーは夢とだけ話すことが出来、大きくなったり小さくなったりして彼女を守る。 かなり少女趣味な話だった。

 

 

吉良さんじゃないか…。まさかね…。ものすごい偶然だけど、きっと違う…。
いくら何でも、こんなの吉良さんが書く話じゃないよ…。
夢はしょんぼり肩を落して呟いた。
本を閉じてもう一度、表紙を見てみる。
吉良耕介、やはり その名前には心が揺れる。
紛らわしい作家名が憎らしく思えて、夢はその名を睨みつけてやった。
…と、妙な事に気づく。
本の題名は『夢ちゃんと王子様』。
どうして"王子様"なのだろう? 夢は不思議に思った。
最後まで読んだ話の中に王子様など一度も出て来なかった。
「王子様が出て来ないなら『夢ちゃんと怪獣キラー』の方が、ぴったり来るのに…変なの。作者に投書してやろうかしら…。」
完全な八つ当りである。
(でも、もし本当に作者が吉良さんなのなら、すぐにでも会いに飛んで行くのに…。)
不意に込み上げてきた涙をごまかそうと夢はソフトクリームのコーンに嚙りついた。
甘さに混じって涙の味がする。
間接キスだな…。皮肉な吉良の声が、今にも聞こえ来そうな気がする。
この並木道にも、下宿にも公園にも、空にも空気にも…吉良の面影がいっぱい溢れていて、記憶の中の世界から出られない…。
いつもいつも周りは吉良で一杯なのに、話すことも触れることも出来ない。
まるでミラーハウスに迷い込んで、出口が見つからなくなっているみたいだ。
いつかきっと…。「それはいつ?」
いつかきっと…。「思いたくても思えなくなりそう…でも」
いつかきっと...。「諦めようとしても頭から離れない言葉」
(早く助けに来てよ、吉良さん…。 )
夢は涙を手早く拭って立ち上がった。
真っ昼間から感傷に浸ってはいられない。
「さ!買物、買物!」
自分を奮い立たせるために夢は声を出す。
こうやって精一杯、毎日毎日を過ごしていれば『いつかきっと』報われる日が来る。
夢は大きく空を見上げて、そして、歩き出そうとした。
「王子様ってのは、怪獣キラーのことなんだ。怪獣キラーは王子の仮の姿ってわけだ。題名を見りゃ、すぐ分かるオチだと思ったけど。超凡人にゃ無理だったか。」
「……。」
この声、聞き違える筈はない…。
確かにこの声は…でも…。
夢には、なかなか振り返る勇気が出なかった。
今まで何度も何度も繰り返していたことだったから…。
吉良の声がしたと思って振り返ると、誰もいない。
似た人を見かけては追いかけ、追いついては、がっかりする。
ここ2年の間、そんなことばかり繰り返して来た。
恐い…。また違っていたら…そう思うと恐くて振り向けない。
違った時のショックを考えると、どうしても勇気が出ない。
「ただ、あの話はまだ完結してねぇんだ。本物の夢ちゃんが、王子様を見つけようともしないで泣き暮らしてるから遠慮しちまってよぉ。…で、キラーは 今回 正体を現さなかった。」
幻聴にしては、話が長過ぎる。声もリアルだ。胸がドキドキ高なる。
夢は恐る恐る振り返った。

だが、誰もいない…。
背後には、今まで夢の座っていた空のベンチがあるだけだった。
(…またなの? また気のせいなの? もう…こんなの…やだ…。)
涙が溢れた。 一生懸命、ずっとずっと堪えていた想いが一度に溢れ出した。
終りのない胸の痛みには、もう絶えられない…!
夢はしゃくり返げながら顔を戻した。
「ほら、やっぱり泣いてんだろ。お前のせいだよ。キラーが王子になれなかったのは。俺に投書すんのは、筋違いってもんだ。」
目の前に吉良がいた。
相変らずのトボけた笑顔で立っている。
夢じゃないよね…。幻覚じゃないよね…。
夢は散々自分に念を押した後、吉良に勢いよく飛びついた。
「吉良さん…‼︎」
そこには、本物の温りがあった。
(本物だぁっ‼︎)
吉良の体をしっかり抱きしめる。
ニ年分、思い切り抱きついた。
「あの本のシリーズ第2段を頼まれてんだ。でも『生きてる童話』が傍にいねぇと、あんな少女少女した話、続きが思いつかなくてな。思い出のお前だけじゃパワー不足だ。童話作家やれって言ったのお前なんだから、責任取れ。」
吉良の言葉に夢が顔を上げる。
まだ夢見心地なせいか意味がよく分っていない。
吉良は、照れ隠しに怒ったように言った。
「俺の傍に居てくれっつってんだっ!」
(嘘…。吉良さんが…そんなことで言ってくれるなんて....。やっぱり…これ…夢…?)
そのまま夢はストップモーション状態に陥る。
吉良を見つめたまま、ぴくりとも動かない。
「…お前なぁ。なんか言うことあるだろ。そりゃ、あんまりにも愛想なさ過ぎだぜ…ったく。それとも何か? 文句でもあんのか。」
夢は固まりつつも首を横に振った。
そして泣きそうな声で小さく言う。
「こんなの…嘘みたいで…。夢じゃないかと思って…。声を出したら消えちゃいそうで…。め…目を瞑ったら…吉良さん…いなくなっちゃうんじゃないかと思って…。だから恐くて…。」
言っているうちに、どんどん夢の目に涙が溜まってくる。
吉良は、ちょっと笑って静かに言った。
「消えたりしねぇよ。」
「でも…。」
「じゃ、試してみろ。」
「え?」
「目を瞑ってみろよ。」
涙で一杯の瞳が揺れる。
「…うん 。」
夢はそっと目を閉じた。
瞳に溜まった涙が一雫、頬を伝っていく。
それは夢の純粋な想いのかけら、吉良を信じてずっと待っていた証だった。
吉良は、指先でその涙を優しく拭って、夢の唇を唇で包んだ。
そして、震える体をしっかり抱きしめる。
吉良も二年間、こんな日を夢に見ながら自分の手の汚れを落とす努力を続けて来た。
決して生優しい事ではなかった。
闇の住人が陽の当たる場所へ移行し、そして馴れるにはそれ相応の苦しみに絶える必要がある。
それでも吉良にそれを成させたのは、あの日の夢の涙と、夢そのものの存在だった。
吉良はゆっくり唇を離すと、夢を抱きしめたまま言った。
「あの時、言いかけたこと、今 思い出したぜ。」
「あの時…?」
「忘れちまったなら、もういいや。」
「よくない! ちゃんと覚えてるよ!」
(忘れるわけないじゃない…。そんな大切な言葉。それだけが私の味方だったんだから…。)
心の中で 夢が囁く。
吉良は腕の力を少し緩めて夢を見た。
「お前が好きだ。…最初っからな。長い間、待たせて悪かった。銃を捨てに行くのに時間食っちまってな…。もう俺は二度と銃は持たない。只の童話作家の吉良耕介だ。それで構わないか…?」
腕の中の夢が悪戯っぽく言う。
「ちょっと残念かもしれない。だって私、一回ピストルぶっ放してみたかったんだもん。」
それでは望に偉そうなことは言えない…。
「一番にあなたのこと、撃ち殺してやりたかったわ。こんないい女、二年も放ったらかしにしたんだから。」
かなり本気かもしれない…。吉良は背筋に寒いものを感じた。
「…私、何度も…思ったのよ。吉良さん、もう帰って来ないんじゃないかなって…。私が勝手に待ってるだけで、約束したわけじゃないし…。吉良さんは戻るつもりなんて全然ないのかもしれないって…。ずっと…不安だった…。」
吉良の腕が苦しいくらい夢を抱き寄せる。
「銃なんかなくても、オレはこの手でお前と望を守って行くからな。」
力強い言葉だった。
夢は息が止まるような幸せを体中に感じながら、自分も負けずに言った。
「私だって絶対、吉良さんと望のこと守ってあげるんだから!」
思わず吉良が苦笑する。
「ま、どっちかつうと、そっちの方が心強ぇかもな。」
「何? それ! どういう意味っ? なぁんか失礼な響き感じちゃうっ‼︎」

 

 

二人の普通(?)のやり取りからも、幸せがいっぱい溢れていた。
二人で一緒にいることが実感出来る、そして、それがずっと続いていくことを何の疑いもなく信じられる…それだけで二人はこの上なく幸せなのだった。
初夏の爽やかな風が二人を包んで流れて行く。
もしかしたらこの風が、二人にこの幸せな贈り物を運んで来てくれたのかもしれない。

 


THE END

 

 

 

 

拙い小説を最後まで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございました!

当時は専業主婦だった私が育児の傍ら、都合の良い空想を 思う存分 書き連ねたお話であります。

その頃の私は「吉良耕介」は私の理想のヒーローだと信じておりました。

けれど実は「神崎夢」も「吉良耕介」も私の一部だったんですよね。(…当たり前ですが)

10数年前に夫を亡くし、社会に出て働くようになった今の私は、自分の中の「吉良耕介」の面を使うことが多くなったように思います。(決して私は殺し屋ではありません!)

私の心の中での立ち位置は変われど「心強い味方」「ヒーロー」という意味では、私にとって「吉良耕介」は変わらず大切な存在と言えるのかもしれません。

当時 書いた作品の中には様々な「ヒーロー」達が登場します。

(…作品数は言うほど多くないです)

引き続き、ここでご紹介出来ればと思っておりますので、これからも色んな「私」を楽しんでいただけると嬉しいです。

  • 小説自体は既に出来上がっているものなのですが、挿絵はその都度作っております。それが追い付かないことがしばしばあり…。気長にお付き合いいただけると幸いです。

 

「めかかうな大人のおとぎ話」作者より