2023-08-01から1ヶ月間の記事一覧
10 富士荘、玄関先である。望の声。「この人さらいっ!母ちゃんを放せっ‼︎」「夢さんのことなら、この僕にお任を。」望の声に続いたのは、沖田のセリフ。「私、自分で歩けますから…」夢も言った。3人の訴えの的になっているのは、もちろん吉良だった。「ごち…
9 庭用の帯が、土の地面にひらがなを描き出している。箒は独りでには動かない。描いているのは夢である。夢は庭の掃除をしているようなふりをしながら、さっきのことについて考えていた。どうして掃除するふりをしているのかと言うと、外にいる理由が欲しい…
8 その夜、吉良は部屋に広がる真っ暗な闇を見つめていた。月さえ見放した闇の夜。部屋の中は、まるで霧雨の中にでもいるかのような重い湿気に満ち満ちている。息苦しい空気の中で、吉良の眼だけが青く冴えていた。昼間のことを思い返す。猛スピードで走って…
7 下宿までの一本路をとぼとぼ歩く望。 見るからに元気のない足取りだった。泣きそうな顔で一生懸命考えごとをしている。望はさっき並木路で起った事故を 偶然 見ていた。母が跳ねられそうになったのは、もちろんショックだった。心臓が止まるかと思った。…
6 翌日は朝から雨。音もしない霧のような雨が淡々と降り続いていた。永久に止むことはない…そんな雨は、無表情に立ちつくす高層ビル達を黙って包み込んでいる。いかにも都会に似合う雨だった。灰色のシルエットとなって聳えるビル群から一段突き出た巨大な…